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現代IVFの常識を作った瞬間:「卵子1個では足りない」多卵子獲得のための排卵誘発の誕生

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60代から始まった「人生第2幕」の革


60代後半といえば、多くの方が引退後の穏やかな生活を夢見る頃でしょう。

しかし、ここに定年退職後、荷物をまとめて「アメリカ初の体外受精児を誕生させる」という目標を掲げ、何もない荒野へと旅立った夫婦がいます。

彼らこそ、アメリカ不妊治療医学の父であり母である、ハワード・ジョーンズ(Howard Jones)博士とジョージアナ・ジョーンズ(Georgeanna Jones)博士夫妻です。この無謀とも思える挑戦に乗り出したのは、驚くべきことに若い革命家ではなく、すでに引退を目前にしたベテラン医師たちでした。

今回は、この「スーパー医師夫婦」がどのようにしてアメリカの不妊治療の歴史を塗り替えたのか、その興味深い舞台裏の物語をお届けします。


1. イギリスは成功したのに、なぜアメリカはできないのか?


1978年、イギリスで世界初の体外受精児「ルイーズ・ブラウン」が誕生した時、アメリカの医学界は衝撃を受けました。「医学最強国のアメリカが遅れをとっている!」と。

しかし、当時のアメリカ社会の雰囲気は全く異なっていました。「神の領域を侵した」という激しい倫理的、宗教的な非難にさらされ、政府の支援は途絶え、誰もがこの分野に手を出すことをためらっていました。世界最高の医療インフラを持ちながらも、アメリカの不妊患者にとって希望の扉は固く閉ざされていたのです。

そんな中、ジョンズ・ホプキンス大学を退職したジョーンズ夫妻は、バージニア州の静かな街ノーフォーク(Norfolk)に拠点を移し、「アメリカ初のIVFプロジェクト」をスタートさせます。夫のハワード博士は産婦人科外科の大家であり、特に妻のジョージアナ博士は女性ホルモンおよび内分泌学の世界的先駆者でした。


2. 妻の妙案:「1個では不十分!」(排卵誘発の誕生)


初期には、イギリスの方式をそのまま踏襲しました。それは「自然周期(Natural Cycle)」方式です。女性が排卵するたった1個の卵子を採取するというものでした。しかし、卵子が1つしかないため、受精に失敗すればその月の治療はそこで終わりとなり、失敗が繰り返されました。

ここで、不妊治療の歴史を変える決定的な洞察力が生まれます。それは、内分泌学(ホルモン)の大家であった妻のジョージアナ博士によるものでした。

「あなた、自然に任せるだけではだめです。薬を使って卵子を複数育てれば、成功の確率は格段に上がるのではないでしょうか?」

ジョージアナ博士は、卵子の成熟を正確に誘導し、子宮環境を整えるホルモン調節こそがIVF成功の鍵であると早くから見抜いていました。彼らは大胆にも排卵誘発剤(hMG)の使用を開始しました。一度に複数の卵子を得て受精卵(胚)を作り、その中から最も質の良いものを移植するという「数を増やして成功率を高める」戦略です。

これこそが、現代の不妊治療クリニックで標準的に用いられている「排卵誘発(COH: Controlled Ovarian Hyperstimulation)」の始まりでした。


論文紹介:現代IVF標準の確立

ジョージアナ・ジョーンズ博士の内分泌学的な知識が光るこの研究は、1982年に学界に公式に報告されました。自然周期に依存していた従来の方式から脱却し、排卵誘発剤(hMG)を用いて複数の卵子を採取する方式の効率性を立証したのです。これは妊娠成功率を飛躍的に高め、全世界のIVF治療の標準となり、『Fertility and Sterility』誌に"The use of human menopausal gonadotropin for in vitro fertilization and embryo transfer."というタイトルで掲載されました。


ちょっと待って!ここで分かれる二つの道(ジョーンズ博士 vs 加藤修医師)


•ジョーンズ夫妻: 「薬物を使ってでも卵子の数を増やし、成功確率を高めよう!」という量(Quantity)的なアプローチを開拓しました。

•日本の加藤修(かとうおさむ)医師: 「薬を使いすぎると体に負担がかかるのではないか?体が自ら選んだ『自然な卵子1個』の方が質は良いのではないか?」という疑問を投げかけ、質(Quality)と患者の負担軽減を重視する低刺激(自然周期に近い)治療法という、もう一つの道を切り開くことになります。



3. 1981年、クリスマスの奇跡「エリザベス・カー」


ジョーンズ夫妻の「 数を増やして成功率を高める」戦略は見事に的中しました。排卵誘発によって得られた複数の健康な卵子のおかげで、受精と移植の機会が増え、ついに1981年12月28日、アメリカ初の体外受精児エリザベス・カー(Elizabeth Carr)が元気に誕生しました。

この子の誕生は、単に一人の子供の成功ではありませんでした。「不妊は不治の病ではなく、科学で克服できる症状である」という事実をアメリカ全土に証明し、数百万組の不妊夫婦に「私たちも親になれる」という希望の証となったのです。


彼らが残した永遠の遺産


今日、私たちが当たり前のように受けている「排卵誘発の注射」も、「複数の胚の中から選んで移植するプロセス」も、すべてジョーンズ夫妻の熾烈な探求から始まりました。彼らの献身のおかげで、今日のアメリカは世界の不妊治療をリードする国となり、彼らが設立した「ジョーンズ研究所(Jones Institute for Reproductive Medicine)」は今もなお、数多くの命を誕生させています。

「私たちはただ、患者さんが家族を築く手助けをしたかっただけなのです。」非難と反対を乗り越え、患者のための道を切り開いたジョーンズ夫妻の勇気と献身は、今日不妊治療を受けているすべての方が歩むこの道の、揺るぎない礎となっています。

NOVASEEDもまた、ジョーンズ夫妻の崇高な精神を受け継ぎ、皆様の切なる夢が現実となるその日まで、共に歩んでまいります。


補足:ジョーンズ夫妻の主要な研究記録

区分

論文情報

解説

アメリカ初成功報告書

Jones, H. W. Jr., et al. (1982). "The program for in vitro fertilization at Norfolk."

IVFの成功的な臨床適用とアメリカ初の体外受精児誕生を学界に報告しました。

現代IVF標準の確立

Jones, G. S., et al. (1982). "The use of human menopausal gonadotropin for in vitro fertilization and embryo transfer."

不妊治療の成功率を飛躍的に高めた排卵誘発(hMG)プロトコルを確立し、全世界のIVF標準を築きました。


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